東京高等裁判所 平成5年(ネ)638号 判決 1993年8月23日
控訴人 湯河原観光自動車株式会社
右代表者代表取締役 五十嵐義昌
被控訴人 伊豆箱根交通株式会社
右代表者代表取締役 加藤覚郎
右訴訟代理人弁護士 石原寛
吉岡睦子
山川隆久
青木英憲
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第一 当事者双方の申立て
一 控訴人
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人の請求を棄却する。
3 訴訟費用は、第一、第二審とも、被控訴人の負担とする。
二 被控訴人
主文と同旨。
第二 本件請求及び事案の概要
本件請求及び事案の概要は、原判決の事実及び理由の第一及び第二のとおりであるから、これを引用する。
第三 証拠の関係は、本件記録中の原審の書証目録記載のとおりであるから、これを引用する。
第四 当裁判所の判断
当裁判所も被控訴人の本件請求は理由があるからこれを認容すべきであると判断する。その理由となる争点に対する判断は、次のとおりである。
一 被控訴人所有の控訴会社の株式全部につき株主名簿の名義書換えがされていないことは、当事者間に争いがない。
しかし、≪証拠省略≫及び弁論の全趣旨によると、被控訴人主張の前記第二の2の事実が認められるほか、被控訴人は平成元年六月二七日から平成三年三月一五日にかけて丹羽弥太郎ほか五名の者から控訴会社の株式各一〇〇株、合計六〇〇株を買い受け、現実の引渡の方法による交付を受けたが、控訴人は被控訴人からの右株式についての株主名簿の名義書換請求に応じないことが認められる。
そして、前掲証拠≪省略≫によれば、控訴人は正当な理由がないのに、被控訴人からの株主名簿の名義書換請求に応じていないことが認められるから、控訴人は被控訴人が株主名簿に記載されていないということを主張することはできないというべきである(最高裁判所昭和四一年七月二八日第一小法廷判決・民集二〇巻六号一二五一頁参照)。したがって、被控訴人に対して新株発行の通知を行う必要がなかったとの控訴人の主張は、採用することができない。
二 ところで、商法二八〇条の三の二所定の新株発行事項の公示の制度は、当該新株発行が法令、定款に違反していないか、又は不公正なものでないかを株主が事前に判断し、必要な場合には新株発行の差止請求をする機会を与え、これにより新株の発行が適法かつ公正に行われることを確保するための制度である。この公示を欠いたまま新株発行が行われるときは、株主は右の措置を講ずる機会を奪われることになるから、新株発行が右公示を欠いてなされたときにもこれを有効とすると、商法が株主の権利を保護するために新株発行差止請求権を付与した趣旨を没却することになる。したがって、公示を欠く新株発行は、会社が公示義務違反のほかには当該新株発行差止めの事由がないことを立証しないかぎり、原則として無効というべきである。そして、控訴人は、本件において公示義務違反のほかには新株発行差止めの事由がないことを立証しない。そうすると、本件新株発行は無効といわざるを得ない。
第五 以上によると、当裁判所の右の判断と同旨の原判決は相当であり、本件控訴は理由がないから、これを棄却する
(裁判長裁判官 櫻井文夫 裁判官 渡邉等 柴田寛之)